小保方晴子「あの日」の意味深ブックレヴュー 終わりにすればいいのに

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小保方晴子さんの手記「あの日」が発売されて数か月。反応はまさに二分化しているようです。つい数日前、ツイッターでこの本のブックレヴューがリツィートされ出回っていました。ブックレヴューが話題になるって、珍しくないですか?アマゾンのブックレヴューですよ!
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もちろん読んでみましたが、これまた意味深な内容なのです。こちらです↓
amazon ブックレヴュー「やむをえずコメントします」笹井氏の後輩のコメント
「笹井氏の後輩」という方のコメントなのですが、黙ってはいられないという感じですよね。内容的に人権侵害の危険性もあるようなギリギリのところで言葉を選びながら慎重に発言しておられます。やんわりと、遠回しに、けれど言いたいことはよく伝わってくる内容です。
↓あの日はこちらから買えます↓


この本関しては科学者の方はあまり反応を示しておられないようなんですよ。私自身はなんだかこの件に興味がなくなってしまいました。こちらの記事を読んでいただくとその理由が分かると思います。
STAP騒動『あの日』担当編集者に物申す(YAHOO!ニュース)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takumamasako/20160227-00053974/
科学ライターで編集者の方がこの本の特異性をずばり指摘しておられます。この本に関していまだに喧々諤々の議論をしている読者の集うブログもあり、1300ほどのコメントが付いていたりして、互いに批判しあったり小保方さんの手記の表現を取り上げては論じていますが、この本に議論するほどの科学的真実が書かれているとも思えないのです。素人だから理解できていないのでしょうけど。この本は常に主観的な印象で語られ、まるでフィクションのようにストーリーが展開していきます。読者が一番期待するところの科学的客観的な検証はなく、ご自分のなさった不正の真実についてもきちんと書かれていません。

こちらはデイリー新潮のネット記事です。亡くなられた笹井副センター長の奥様にインタビューした内容になっています。胸が痛むような記事です。こちらから全文が読めます。
“主人はいつものように出て行った。それが最後になりました” 〈「笹井副センター長」未亡人インタビュー(1)~(5)〉http://www.dailyshincho.jp/article/2016/02150400/?all=1
この騒動はもう終わりにすればいいのに、と個人的には思います。









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平成23年3月11日 あの日を忘れないために

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あの日の出来事


あの日、私は中学三年生だった娘の卒業式に出席した。娘の晴れ姿を見て、幸せな気持ちでいっぱいだった。

午後からは娘の高校入試の合格発表があり、私はその報告をじっと家で待っていた。のん気に娘の卒業アルバムを見たりしながらゆったりと娘の合格の瞬間を待っていた。

テレビから流れる映像が、一向に変わらない、そんなことにふと気がついた。当時はタブレットだのスマホだのというのは手元になかったから、テレビの映像だけでは、何が起こっていたのかすぐ理解できなかった。

これは大災害ではないか、とわかるのにのも少し時間がかかった。そしてよく考えたら1時間ほどもテレビの画面が変わっていないと思った。私は地面が揺れたことにも気がつかず、ただぼんやりとしていた。とんでもない事が起きたのだ、とはっきりわかったのと娘が合格を知らせる電話をかけてきたのはほとんど同時だったように思う。それほどまでに、当時は他人事だった。


あの日を忘れない「苦境にあっても天を恨まず」


あの日の私個人の喜びと、それとは全く対照的な出来事、大災害。私の小さな幸せと、大多数の人達の運命を一変してしまう不幸。私が得たものと多くの人々が失った大切なもの。そういう複雑な思いを、後からジワジワと感じられるようになった。

東日本大震災の直後平成23年3月22日、気仙沼市の階上(はしかみ)中学校で、予定より10日遅れて卒業式が行われた。以下は卒業生代表梶原裕太君が読み上げた答辞である。これは当時とても有名になったもので、文部科学白書に全文掲載されている。私はこの日を忘れない為に、この答辞を何度も何度も読み返している。娘と同じ年齢の、当時たった15歳だった子どもが、「苦境にあっても天を恨まず」このような言葉を語ったその時の状況や心境を考え続けなければならないと思っている。

卒業生代表の言葉
本日は未曽有の大震災の傷も癒えないさなか,私たちのために卒業式を挙行していただき,ありがとうございます。ちょうど十日前の三月十二日。春を思わせる暖かな日でした。私たちは,そのキラキラ光る日差しの中を,希望に胸を膨らませ,通い慣れたこの学舎を,五十七名揃って巣立つはずでした。

前日の十一日。一足早く渡された思い出のたくさん詰まったアルバムを開き,十数時間後の卒業式に思いを馳せた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名付けられる天変地異が起こるとも知らずに...。階上中学校といえば「防災教育」といわれ,内外から高く評価され,十分な訓練もしていた私たちでした。しかし,自然の猛威の前には,人間の力はあまりにも無力で,私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには,むごすぎるものでした。つらくて,悔しくてたまりません。 時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かされた者として,顔を上げ,常に思いやりの心を持ち,強く,正しく,たくましく生きていかなければなりません。 命の重さを知るには大きすぎる代償でした。

しかし,苦境にあっても,天を恨まず,運命に耐え,助け合って生きていくことが,これからの私たちの使命です。私たちは今,それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても,何をしていようとも,この地で,仲間と共有した時を忘れず,宝物として生きていきます。後輩の皆さん,階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が,いかに貴重なものかを考え,いとおしんで過ごしてください。先生方,親身のご指導,ありがとうございました。先生方が,いかに私たちを思ってくださっていたか,今になってよく分かります。地域の皆さん,これまで様々なご支援をいただき,ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。お父さん,お母さん,家族の皆さん,これから私たちが歩んでいく姿を見守っていてください。必ず,よき社会人になります。私は,この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。最後に,本当に,本当に,ありがとうございました。
平成二十三年三月二十二日                             第六十四回卒業生代表 梶原 裕太



posted by はる at 21:44Comment(0)日記

ウサギの話

注目のウサギ


皆さん、このウサギを知っていますか?
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このウサギの名前はおき太くん。いつもこのウサギが気になって仕方ありません。

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おき太の紹介


プロフィールを紹介します。
このウサギは朝日放送で放送されている「おはよう朝日です」に登場する、元祖ゆるキャラ、マスコットキャラクターです。正式名称は朝おき太、朝が名字でおき太が名前です。一般的にはおき太くんと呼ばれます。1981年3月13日に番組に初登場し、この日が誕生日ということになります。関西地方ではかなり知名度が高いウサギです。よく誤解されるらしいのですが、このおき太は朝日放送のマスコットキャラクターではなく、「おはよう朝日です」という番組独自のマスコットキャラクターです。

1996年4月1日に妹の朝めざめちゃんが登場し、それ以降交代で番組に出演しているみたいです。年末年始など特別など場合には兄妹で出演するケースもあるそうです。

なんでこのウサギが気になるか?それは、この耳ですね、これ、おかしくないですか?
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おき太の耳


広がりすぎでしょう?
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ほら、邪魔そうでしょう?気になって仕方ないんですね、私は。この耳は可動式らしいのですが、上に上がっているのを滅多に見ません。こんなに邪魔なのに。


おき太についての噂話


ちなみにこのおき太はよく寝坊して遅刻するらしいです。私も毎日チェックしていますが、番組に出ていなかったり、途中で登場する事もしばしばです。さらにこのおき太は出番以外は、頭を外した状態でスタジオの隅で休んでいるらしく、たまにそれが誤って放送されてしまうという放送事故もあります。

おき太は尼崎出身だとか、洋服をよく着替えるとか、色んな噂があります。このキモかわいいウサギから、目が離せません。最後はトラッキーとのツーショット。耳は完全に横一直線に開いています。今後ぜひご注目を!
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